近年めずらしく12月に雪が降ったので久しぶりの休日に屋根に上がって雪下ろしをしました。
アルミのスコップと雪降ろすための滑り台(樋「とよ」と言うらしい)を使ったので、効率よくテキパキとできました。
昼を挟んで4時間ぐらいでしたが、日頃の運動不足がたたって、筋肉痛です。
明日が思いやられます。
幕末、越後長岡藩の家老として活躍した河井継之介を主人公とする、司馬遼太郎の長編小説。
冒頭、雪から庭木や建物、塀を守るための冬囲い作業で賑やぐ、城下町長岡の描写から始まる。
継之介は町をあるいていた。
(北国は損だ)
と思う。損である。冬も陽ざしの明るい西国ならばこういうむだな働きや費えは要らないであろう。北国では町中こうまで働いても、たかが雪をよけるだけのことであり、それによって一文の得にもならない。
しかしそれでも冬囲いに勤しむ、鈍重で生真面目な同郷人のことを、継之介は蔑むことはない。
各地の師に学び、志士と交わり、人物として一目置かれるが、下級武士に生まれ藩政で活躍の場が与えられるとは限らない長岡に帰ってきて、行政と政治に深く関わっていく。
江戸で福沢諭吉と親しくなり、諭吉は日本の今後の国体がどうあるべきと考えるかと問うが、継之介はその議論には加わらないと返答する。
「...この一天下をどうするかという議論は、他の志士にまかせたい。私には越後長岡藩の家老であることのほうが重く、それがこの河井継之介のすべてなのです。それ以外にこの地上に河井は存在せぬ」
僕は長岡近郊で育ち、長岡の高校を出て、東京で学び、地元に帰ってきたので、非常に身につまされるものがある。
長岡弁があちこちに出てきて、その都度解説が入るが、解説が無くても意味は分かるので可笑しかった。
何よりも実行を重んじる陽明学を信奉する継之介の言動には迷いはない。
継之介は自らを長岡藩士と位置付け、その中で懸命に自ら考え抜いた未来を実現しようとする。
しかし、激動の幕末維新の中で、継之介の理想を実現するためには、越後は地理的条件が悪く、長岡藩は小藩に過ぎなかった。
薩長などの西国の藩が仕掛けた戊辰戦争の中で、継之介は夢破れ命を落とすことになる。
さて、長岡の幕末史の中で蒼龍河井継之介と対比されるのが病翁小林虎三郎だ。
佐久間象山門下で朱子学を学び、継之介と思想面で対立することになる。
虎三郎は、山本有三の戯曲「米百俵」で有名であり、長岡にあるコンベンションセンターの屋外には、彫刻「米百俵の群像」が置かれている。
しかし、地元経済人で評価が高いのは、継之介でも虎三郎でもなく、三島億二郎だ。
産業振興に努め、学校、病院、銀行を創立し、戊辰戦争で廃墟となった長岡の復興に尽力した。
信濃川の土手には、三島億次郎の銅像が建ち、今でも長岡市街を遠くから見守っている。
2005年12月27日に日本テレビ系列で「河井継之助 ~駆け抜けた蒼龍~」と題して継之介を主人公としたドラマがある。放送は21:00~23:24。
ぜひご覧あれ。
週末はクリスマス。クリスマスイブは恋人たちの一大イベント。
が、僕はフツーにケーキを食べて年賀状を作ってた。今さら、ねぇ。
新潟では停電騒ぎもあったので、あまり盛り上がらなかったが、街が華やぐクリスマスの雰囲気は好きだ。
学生の頃、あまり有名でない遊園地でアルバイトをしたことがあった。
お客さまは楽しみに来ているので、イヤな客はいなく、気持ちよくアルバイトできた。
社員の人がいなくて、他に客がいなくてヒマな時は、やってきた少年たちをもう一回乗せてあげたりとか。
クリスマスは、街行く人がお互いに喜びを分かち合えるような、寛容で優しい雰囲気があると思う。
ややコマーシャリズムに走っている気もあるが、まぁ良かろう。しかし「クリスマスイブイブ」はヤメてくれ。
世界のトリビア(『クリスマス』にまつわるムダ知識)
ユダヤ教では、日が暮れると日付が変わると考えられる為、12月25日は、現代暦の24日夜から25日の日が暮れるまで。 従って、24日の夜からクリスマスは始まっており、25日の夜はもうクリスマスではない。 文字通り、クリスマスのイブニング(つまり24日の夜)が、 クリスマスイブであって、「イブ」には「前日の夜」などという様な意味はない
クリスマスイブイブとテレビやラジオで言っているのを聞くと、あまりのバカさにクラクラする。
近所の某団体の旅行で金沢へ。
去年、職場関係の結婚式でお呼ばれした。
その前は金沢出身の友人とバイクで行ったことがあるので、3回目になる。
せっかくだから、観光をするつもりで調べていたら、泉鏡花記念館があるではないか。
しかし、道行きのメンバーで文芸愛好者は皆無。
団体行動のため、泣く泣く諦める。
ということで松井秀喜さんのベースボールミュージアムへ行ってきた。
あんまり野球には興味ないけど、これも団体行動。
小学生の頃からの様々な大会で活躍したトロフィー、メダル、賞状が展示され、甲子園の記念品や、ジャイアンツでの活躍の様子が所狭しと飾られていました。
これだけいっぱいあれば、置き場所に困り、記念館を作ろうという気にもなるでしょう。
順路を巡っていくと、メジャーリーグでの活躍を展示した最後に、松井さんが6歳の時に描いた絵がありました。
背番号3をつけた野球選手がバッターボックスに立っています。
拙い字で「やきゆうせんしゆになりたいです」と書かれていました。
うまいなぁと思いながら、感動しました。
某居酒屋で大学同窓会地域支部の幹事忘年会を兼ねて新年会の打合せ。
居酒屋は大学の先輩が経営しているお店。
お刺身を頼んだら馬刺しが入っていたり、串盛りを頼んだらブリ串が入っていたりで至れり尽くせり。
当日の朝に仕入れた大振りのハタハタを鍋でいただきました。
濃口醤油のツユで旨かったです。
昨日は早めに仕事を上がって、変化著しい秋葉原へ。
腹ごしらえは、いつものじゃんがらラーメン。20時から出す特別メニューの「ぼんしゃん」。
全部入りを頼む。
替え玉を頼んで満足。
腹がふくれたところで、カフェで一服。
オープンしたヨドバシに行く。
個人商店じゃなくて、企業体がはびこる世の中だ。
今日は今日とて取引先と上司と飲む。
新入社員のころからずっと上司だった人も、子供が大学生になり、『俺もあと10年だよ』とつぶやく。
そうですね。あと10年ですか。
その頃、会社はどうなっているのかな。
って人ごとじゃないです。
危機感を持って、真剣に取り組まなければ。