2005年01月31日

高校同窓会準備

仕事を早めに上がり、今年5月に予定されている高校の同窓会に向けて、同期への案内ハガキを作成して発送してきた。

作業しながら同級生の名前を見て、高校の頃を思い出す。
なんて幼かったのだろうと当時を懐かしく思い出すのは、僕が歳を重ねたせいだな。

一箇所不備があり、一緒に作業した友人には迷惑を掛けた。ゴメン。

2005年01月30日

完徹後に法事

DSC01433.jpg 今朝までに送付すると約束した資料を作るために徹夜。
他に雑用をしながらなので、思ったより時間が掛かってしった。
久しぶりの完徹。終わったとたん猛烈な眠気が出てきた。
しかし今日は親戚の法事があるため、いったん帰って礼服に着替えて出掛ける。
いつもはお経の間に眠気を堪えているのだが、今回は堪えない。座ったままで寝る。
目立たないように一番後ろの席に座った。
終わってから親戚宅で昼食かと思っていたのだが、料理屋へ行くとのこと。

DSC01435.jpg 鯨肉の刺身が出た。捕鯨規制のためあまり食べる機会がない。
おろしニンニクの薬味が付いていたが、馬刺しの方がうまいな。
料理屋で会食し、酒を呑み、懇談をしてから親戚宅へ戻り、
持参したジーンズに着替えてコタツで仮眠した。
ああ眠かった。(寝たけど)
今日は早く寝ることにしよう。

2005年01月28日

東京メトロ出入口便利帳

DSC01429.jpg 仕事相手の方から小冊子「東京メトロ出入口便利帳」を教えてもらう。
頻繁に東京へ出張していたのだが、今まで知らなかった。
路線図、主要駅の周辺地図(出口ガイド付き)、施設のインデックスなどがコンパクトにまとまっている。
素晴らしい。何で今まで持っていなかったのだろう。
東京メトロの駅で貰える。東京で地下鉄に乗る際には是非入手することをお薦めする。
しかし当然のことかも知れないが、都営地下鉄の情報は殆どない。要注意。

2005年01月27日

芋焼酎「晴耕雨読」

DSC01428.jpg 客先で打合せの後、開発側メンバーと神楽坂で飲む。
まぁそこそこなんだけど、魂が感じられない。バイトは所詮バイトということか。

一日限定5本という芋焼酎「晴耕雨読」を飲んだ。
先日「佐藤」の割水を飲んでいるので、さほど感動せず。
まぁこんなものかな。

2005年01月26日

ステーキの神様 ル・モンド(新宿)

DSC01426.jpg 仕事を上がって新宿に出た。
ハンズで明日の仕事で使うリングファイルを購入。基本的に文房具は自前にしている。

新宿で勤務している友人を呼び出して、遅い夕食を誘う。
あまり飲めないヤツなので、南口でステーキを食べることにした。
ヨドバシカメラの近くにある「ステーキの神様 ル・モンド」に行った。
ほとんどのメニューはセットにして千円台で注文することが出来る。
ウナギの寝床のように奥へ細長い店はいつも繁盛していて、今日もちょっと待つことになった。
オーダーは、1,720円のサーロインステーキ220gにした。
自ら『ステーキの神様』と誇るだけあって、焼き加減は絶妙だ。
友人の父はキャリア豊富なフレンチのシェフなのだが、満足していた。

混雑しているため長居するわけにはいかず、早々に店を出る。
近くのコーヒーショップへ行って、濃いめのコーヒーを飲みながらリンゴのケーキを食べてデザートにする。
合計で2,500円。安くて美味しくて腹がふくれて大満足。

2005年01月25日

東京出張ジプシー(2) 大井町

今週は大井町に泊まっています。

チェックインしてから街を探索しました。
宿の近くの商店街や駅周辺の路地にそそられる飲み屋さんがいっぱいあります。
極めるためには1年は定宿にしないとイケナイです。

ホテルは笑ってしまうぐらい合理的です。
http://www.oursinn-hankyu.co.jp/index.php

  • 部屋にはトイレのみ。でも操作が機械的なウォシュレット。必要十分。
  • 部屋の電話はフロント専用。外線発信不可。携帯あるから必要なし。
  • 大浴場が最上階にある。出張に来て温泉気分。広い浴槽は気持ちいい。
  • 部屋には消耗品がほとんどない。歯磨きセットはおろかティッシュもない。自分で持っているから不要。
  • 部屋にはポット、冷蔵庫がない。これはチョット不満。コーヒーは部屋で飲ませてくれ。
  • 一階はコンビニ。さすがに風呂上がりの部屋着では恥ずかしいが、これをでかい冷蔵庫と思えば。
  • 各フロアに飲み物の自動販売機が。なんと市価。ビール500mlで300円。チューハイ350mlで150円。すばらしい。
  • チェックインの時に500円の預かり金が取られて、ルームキーは最終チェックアウトまで返す必要なし。

選択と差別化と集中(3Sと言うそうです)が徹底しているホテルです。

2005年01月20日

茅場町「五穀家」

DSC01420.jpg ちょっと早めに仕事を上がって、いっしょにやっているメンバーで飲みに出ました。
純米熱燗が売りの茅場町にある「五穀家」に行きました。
燗酒を頼んだら熱燗徳利で出てきました。
お湯を入れてある大きめの徳利の中に燗酒が入っていて、時間をおいても冷めないようになっています。。
燗純米酒「独楽蔵」と炙りエイヒレの相性が最高でした。
23時閉店ということで飲み足りなかったのですが、酒もつまみも美味しかったです。

2005年01月19日

雨・赤毛

雨・赤毛
人が小説を書く動機はさまざまです。
名誉欲から書く場合、創作意欲にかられて書く場合、精神安定のために書く場合などなど。
サマセット・モームの場合は、『金儲けのためだ』と公言していたそうです。
それが本心からなのかどうかは分かりませんが、本作に収録されている短編はプロの小説家の作品らしく題材、筋立て、場面転換、オチなど読者を惹き付けます。

この短編集には、「雨」「赤毛」「ホノルル」の3作が収録されています。
南洋を舞台にしているのですが、テーマはいずれも人間です。長く読まれる小説は人間を中心にしているから、後世になっても色褪せないのでしょう。
僕にとっては、この中では「赤毛」が良かったです。

恋の悲劇は死でも別離でもないのだ。...かつては一日逢わずにいてさえも、堪えられないほど心を捧げつくして愛した女が、もう今ではこれっ切り逢わなくても平気だという、およそこれほど恐ろしい悲劇はないのだ。愛の悲劇は無関心なのだ。

昔話では、障害を乗り越えた後に『そうして二人は末永く幸せに暮らしました』で終わりますが、本当の生活は『そうして』から始まるのです。
かつては苦難を乗り越え、お互いなしでは居られないほど愛し合った二人ですが、平穏な日々が長く続くと、一緒にいることが日常になり、当たり前になってしまいます。
二人とも歩調を合わせて愛が醒めていけば良いのですが、まだ愛が残っている方が、相手が自分に無関心だと気付いたときの絶望は想像したくないです。
しかし人の気持ちは移ろいやすく儚いものです。だからこそ人は変わらないことを誓うのでしょう。

2005年01月18日

東京出張ジプシー(1) 竹ノ塚

DSC01416.jpg 今週も出張で東京へ来ています。連日夜更けまで打合せになりそうです。
定宿にしていた新宿のビジネスホテルが予約でいっぱいとのこと。
受験シーズンが始まったのです。宿の確保に苦労しそうです。
今回は竹ノ塚のビジネスホテルを予約してみました。初めての街です。
チェックインした後に周囲を探索してみます。

ビジネスホテルに泊まるにあたって、重要なチェックポイントがあります。
・ひとりで食事できる店が豊富なこと
・近くに酒とタバコを置いているコンビニがあること
・早めに上がったときに立ち寄れるところがあること

竹ノ塚はバッチリでした。
ラーメン屋や吉野家、松屋、ファミレスがあります。
コンビニも宿の近くにセブンイレブンがあり酒タバコも置いてます。
23時まで開いているブックオフがあり、深夜2時までやっているドンキホーテがありました。
クライアントのオフィスからの交通の便はイマイチなのですが、東京のオフィスからは乗り換えなしで通えます。
宿泊先の候補にすることにします。

しかしラーメンを食べた後に「灰皿もらえます?」と言ったら『うちは禁煙なんです』と返されたのにはガッカリしました。

2005年01月17日

高校生と居酒屋で

今日は長岡市議が主催する勉強会でした。
明日から出張だから行けないかもと思ってましたが、なんとか30分遅れで駆け付けました。
内容は震災についてでした。このところ震災復興に絡んでのインプットが沢山あるので、
いずれ整理してみます。
勉強会の後は飲み会です。
知り合いが少ない会合なので、気乗りしなかったのですが、意に反して良かったです。
こんな機会でなければ、知り合うことがなかったであろう人と話ができました。
中でも、高校生が勉強会に参加して、飲み会にも付き合ってくれました。
まだ18歳です。昭和62年生まれとのこと。平成でなくて良かった。
僕が高校生の頃なんて、親の方が歳が近い大人となんて恥ずかしくて話なんてできなかったのに、
キチンと自己紹介して自分の意見を主張します。
たぶん相当変わった高校生なのでしょうが、こいつは凄いなぁ、と感心しました。
初々しい紅顔の少年でした。
僕にもこんな頃があったのだなぁと懐かしく思いました。

2005年01月15日

塞の神

DSC01964.jpg風邪を引いてしまいました。
金曜日はお休みいただいたのですが、今日になってだいぶ良くなったので、
親戚の町内でやっている塞の神にやって来ました。
今年の無病息災を祈って、スルメを焼いて食べます。


2005年01月13日

智恵子抄

智恵子抄 高村光太郎の芸術作品について誰よりも理解者であったのは妻の智恵子であった。
二人はお互いを愛し慈しみ、良き伴侶として幸福であったのだと思う。

情熱のほとばしる恋愛時代から、短い結婚生活、夫人の発病、そして永遠の別れ……智恵子夫人との間にかわされた深い愛を謳う詩集。
彼女の生前、私は自分の制作した彫刻を何人より先に彼女に見せた。一日の製作の終わりにも其を彼女と一緒に検討することが此上もない喜であった。又彼女はそれを全幅的に受け入れ、理解し、熱愛した。私の作った木彫小品を彼女は懐に入れて街を歩いてまで愛撫した。彼女の居ないこの世で誰が私の彫刻をそのように子供のように受け入れてくれるであろうか。
私の生(いのち)を根から見てくれるのは
私を全部に解してくれるのは
ただあなたです

出会った頃、新婚の頃の詩には、愛し合う若者の悦びが溢れている。

をんなは多淫
われも多淫
淫をふかめて往くところを知らず
万物をここに持す
われらますます多淫
地熱のごとし
烈烈
ああけれども
それは遊びぢやない
暇つぶしぢやない
充ちあふれた我等の余儀ない命である
生である
力である
浪費に過ぎ過多に走るものの様に見える
八月の自然の豊富さを
あの山の奥に花さき朽ちる草草や
声を発する日の光や
無限に動く雲のむれや
ありあまる雷霆や
雨や水や
緑や赤や青や黄や
世界にふき出る勢力を
無駄づかひと何うして言えよう
...
愛する心のはち切れた時
あなたは私に会ひに来る
すべてを棄て、すべてをのり超え
すべてをふみにじり
又嬉嬉として

しかし智恵子は心労が重なり、次第に狂気を増していく。
その有様を見つめているしかない箇所にはたまらない切なさを感じる。

半ば狂へる妻は草を藉いて座し
わたくしの手に重くもたれて
泣きやまぬ童女のやうに慟哭する
- わたしもうぢき駄目になる

ついに発狂してしまった智恵子は、恢復することなく息を引き取る。

その数滴の天のものなるレモンの汁は
ぱつとあなたの意識を正常にした
あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
あなたの咽喉(のど)には嵐はあるが
かういふ命の瀬戸ぎはに
智恵子はもとの智恵子となり
生涯の愛を一瞬にかたむけた

おそらくレモンで正常に戻ったというのは、悲しい幻想であっただろう。
しかしそうした幻想を見てしまったことで一層同情してしまう。

死んだ智恵子が造つておいた瓶の梅酒は
十年の重みにどんより澱んで光を葆み、
いま琥珀の杯に凝つて玉のやうだ
ひとりで早春の夜ふけの寒いとき、
これをあがつてくださいと、
おのれの死後に遺していつた人を思ふ
或る偶然のことから、満月の夜に、智恵子はその個的存在を失うことによって却って私にとっては普遍的存在となったのであることを痛感し、それ以来智恵子の息吹を常に身近に感ずることが出来、言わば彼女は私と偕にある者となり、私にとっての永遠なる者であるという実感の方が強くなった。
あなたはまたゐるそこにゐる
あなたは万物となつて私に満ちる
私はあなたの愛に値しないと思ふけれど
あなたの愛は一切を無視して私をつつむ

高村光太郎は、智恵子という理解者を伴侶に得たことで、芸術家の孤独を癒やされることができた。
それは彼にとって幸福なことではあった。しかしそれは芸術作品を造る上で良い方に働いただろうか。
ひとり孤独と対峙することで、より芸術性が高まったのではないだろうか。
愛の詩集を遺すことはできたが、それは彫刻家としての高村光太郎にとってはマイナスであったと思う。
こんなに愛し合い、狂ってからも死してからも愛された智恵子は幸せであっただろう。
でも何となく胡散臭さを感じてしまうのは、僕がもう現実に汚染されているからかな。

投稿者 isi : 04:17 | コメント (4)

2005年01月08日

デモクラシーの冒険

デモクラシーの冒険 出張中に立ち寄った書店で手に取った新書を読了しました。
買って読んでいない本が山のようにあるのに購入してしまったのは、カバーにあるコピーに惹かれたからです。

1100万人を超える人類史上最大の反戦運動もむなしく、アメリカとその同盟国は、ついにイラク攻撃に乗りだします。デモクラシーを高らかに謳いあげる国々による圧倒的な暴力は、人々の意志が政策に反映されることのない絶望的な光景を、かえって浮き彫りにしました。
果たして、政治はひと握りの人間によって決定され、他の者たちは粛々とそれに従うほかないのでしょうか。

日本とオーストラリアに住んでいながら、そこに国籍のない碩学二人による対談です。
冒頭、対談をおこなうにあたっての問題提起があります。

自分たちが暮らしているこの世界をより良い方向に変えていくことは、もはやできないのではなかろうか。

「すばらしき新世界」たる21世紀においては、誰もが反戦の意思を表明することが許される一方で、権力者はそれを無視します。この悪夢から抜け出すすべは、本当にないのでしょうか。

自分や家族や地域のことを考えて、進められている合併に異を唱え、住民投票を要求しても、首長や議会はそれを無視します。
たまたま情勢が変わって住民投票がおこなわれ、これまで主張してきた方向に進められることになりました。
それは良かったのですが、どうも納得いかなかったのです。
僕のやってきたことは、徒労に過ぎなかったのか。何も意義はなかったのか。

本書では民主主義が形式だけの「擬似民主主義」となっている現状について論評しています。
デモクラシーとは与えられるものではなく、能動的に関わっていくものであること。
そのためには、ワンフレーズポリティックスのような欺瞞に騙されることなく、自分自身で判断して行動しなくては、デモクラシーを維持することはできないのです。

デモクラシーの基本は、自分たちの暮らしにとって非常に重大な決定をしなければならない際に、その根本にある問題をきちんと議論するところにあるわけですよね。あるいは、自分たちの決定によって、誰かに多大な影響を与える場合もそうです。議論を通じて、より理性的な回答を引き出していくことが重要です。でも、大新聞やマスメディアの質問内容は、重要な議論が抜け落ちているし、実際の政治の場でも、議論は多数派を形成するためや、あらかじめ密室で決められた方針を正当化するためだけにあるのです。。

現実が恐ろしく複雑であるにもかかわらず、それを単純明快なわかりやすさに置き換えるレトリックにはいつも疑いの眼差しを忘れてはならない。
共同体の問題で複雑さを免れる問題なぞ一つとしてない。

テレビなどの映像メディアが、実は操作や幻想、偽造などの影響を及ぼしやすいものである点を片時も忘れないことである。映像は決して嘘をつかないのではなく、そうした影響に絶えず晒されている自分を予め理解しておくことが重要だ。
情報の「目利き」がなければ、たちまち「観客民主主義」の「消費者」に転落する。

技術の進歩により生活水準は飛躍的に向上し、人類が飢えや寒さに苦しむことは少なくなりました。
しかしそれは同時に村落共同体では賄いきれないレベルの社会基盤や専門能力が必要となるわけです。
そうして、それまで村落共同体が持っていた意志決定権が失われることになったのです。
さらに現在では、さらに複雑化専門化が進み、行政レベルは市町村単位でも担えないほどになっています。
その認識が今回の合併にあたっての僕の主張であったのです。

本書では、イラク戦争にあたって反戦運動がなんら影響力を及ぼすことがなかったという失望が出発点になっています。

政治面では、アメリカの覇権により他の国がアメリカの意向を止めることができなくなったという危うさがあります。
それは、徴兵制を切っ掛けにして成立した国民国家が決定権を失いつつあるということです。
アメリカ以外の国の選挙民は、自分の国の政策を決めることができないのです。

イラク戦争最大の問題は、グローバルな規模におけるアメリカの軍事力の行使が、アメリカの選挙民の判断にのみゆだねられている点だった。

政治面に限らず、経済面でもグローバリゼーションの進展に伴って、国家が関与できる領域はどんどん狭まっています。
あわせて、フォーディズムの終焉と新分業体制の確立により労働組合も弱体化し、僕の生業である企業情報システムの整備により、企業の力はますます強くなっています。

しかし、複雑な現実に怯んだり逃げ出したりすることなく、その複雑さに耐えるだけの勇気を持たなければいけません。
そうしなければ、現実に関与することのない傍観者に転落してしまうのです。

たくさん紹介したい箇所がありますが、後日別のトピックを論評する際に引用することとします。
政治や民主主義、歴史に興味のある方にはお薦めです。

2005年01月06日

システム構築失敗例(AT&Tワイヤレス)

AT&Tワイヤレス | ずさんなプロジェクト管理が招いた悲劇 - CIO Online

コンピュータシステムの構築でトラブルが発生する事例が絶えない。
トラブルによって組織そのものがなくなってしまう例もある。
コンピュータシステムは企業の最も重要な部分だという当たり前のことを忘れているのではないか。
セールストークに乗って切り替えたり、権力闘争の場としたり、新技術の試験場に使うべきではない。
システムはキチンと動かすのは至難の業だが、ボロボロにするのはいとも簡単である。
それを軽々しく扱うのは、火薬庫のそばで火遊びをしているようなものだ。
考える中で最悪の事態を想定して備えるべき。それでも現実はその想定を超えることすらあるのだ。

この事例を参照すると、最初の打合せが始まって10分もしないうちに、全力で逃げることを考えるべき案件ですな。
ユーザー、ベンダー両者とも、誰ひとりとしてシステムを動かし業務を遂行することに責任を持とうとしていない。
自分自身が本来果たすべき役割とかけ離れたところで仕事している関係者しか居ない。

システム担当者が現状を変えたくなかった。自分の仕事が奪われることを恐れて必要な変革を嫌ったに過ぎないのではないかと推測する。
だってそういうところはいっぱい見てきているからね。
そしてその思い上がりを正そうとする管理者がいない。管理者のヒドイ怠慢を許さない経営者がいない。
自己保身に走るのもいい加減にしろよと。

また、新技術が「できる」と「使い物になる」とは違う。
情報技術は最先端でおこっていることと、ローエンドで必要な要件とは乖離がある。
最先端のテクノロジーを実装できるかなんて、どうでもイイことなんです。
確実に動く業務システムをくみ上げることがシステム技術者の本来の役割のはず。
教科書に従って組めば出来上がるのであれば、トラブルなんて発生しないのだ。

必要以上に複雑なシステムは失敗する確率が高い。一瞥して構造を理解できるようなシステムでないと成功は覚束ないのだ。

日本でもナンバーポータビリティの実用化は近い。ヨロシク頼むよ。キャリアの方々。

2005年01月04日

ローマ人の物語ⅩⅢ 最後の努力

最後の努力 塩野七生氏が毎年一巻ずつを刊行されている「ローマ人の物語」の最新刊が刊行されました。
もちろん購入し読了しました。今回も面白かったです。
毎年一巻ずつ刊行されるのですが、もう13巻目になります。
最初に刊行された翌年に産まれた娘が来年は中学生です。早いものです。

今回は、ローマ帝政後期が対象になります。
強力な防衛線を作り上げ、蛮族の侵入をほとんど許さなかったローマ帝国ですが、国力の衰微により侵入が頻発するようになります。
その対策としてディオクレティアヌスが進めた改革により、ローマ帝国はその特色を失うことになりました。
それまでのローマ皇帝は強大な権力を手にしていましたが、チェック機能は有効に働いていました。
しかしこの時期より絶対君主制が確立されます。
特にディオクレティアヌス退位後の戦乱を勝ち上がってきたコンスタンティヌスによって、その路線はより強力に進められることになります。
コンスタンティヌスは、キリスト教に多大な援助を与えたことから、今日でも「大帝」と呼ばれています。
コンスタンティノープル、現在のイスタンブールを新都として建設したことでも有名です。
絶対君主制の確立にあたっては、大きな功績があったのですが、どうも好きになれません。

卓越した軍事能力があったわけではなく、共同体のために改革をしたわけではありません。
相対的に優位を占めて泥試合に勝利を納めただけであり、自らの立場を強化するために権力を濫用しただけです。

軍事的な才能があり自分が権力を確立する際に功績のあった息子を、後妻との不義の嫌疑をかけ拷問の後に死刑にします。
殺した息子、クリスプスは、政略結婚のために離縁した前妻との間の息子なのです。
コンスタンティヌスの父も皇帝として指名される際に、政略結婚して妻を離縁しているのですが、彼も前妻の息子であり、クリスプスと同じ境遇にあったはずなのにです。
その後に不義の嫌疑をかけた妻も浴室で熱湯に浸けて殺しています。
人情味のかけらもありません。胸が悪くなります。

キリスト教を支援したことだって、信仰心があったわけではなく、絶対君主制を確立する上で有効だったからです。
権力者として栄華を極めて衰微の兆しがないままで死去するのですが、それで何を遺したのでしょうか。

コンスタンティヌスの後は、愛読書の一つ「背教者ユリアヌス」の主人公であるユリアヌスが登場します。
ユリアヌスは将来を嘱望されていながら夭折した青年皇帝です。堂々とした一生を送っています。
また来年に14巻目が刊行されるのが楽しみです。

2005年01月03日

不惑=本厄

SN2700071.jpg昨年末で40歳の大台に乗ってしまいました。
論語に『我四十にして惑わず』とあります。
しかし不惑を迎えても惑ってばかりです。
孔子先生には敵うべくもありませんし、落ち着きを求めるより、いっぱい悩み、足掻き、苦しむことにします。

さて、数えでは42歳ですので、今年は本厄にあたります。
中学校の同級生で集まり町内の神社でお祓いを受けてきました。
紙で作った人形(ひとがた)をいただき、体中を拭って川へ流します。
これまでの穢れを託して祓い清めるそうです。
お祓いの後は、女子も一緒になって同級会をしました。
久しぶりのメンバーで飲んで楽しかったです。

2005年01月01日

あけおめ2005

明けましておめでとうございます。

今年の年賀状も例年と同じフォーマットです。もうこのフォーマットを8年やってます。
あと4年で干支が一周します。全部並べると僕の家族のベストアルバムになります。
4年後はもう娘は16歳です。それまで継続できるかな。

昨年も年賀状を元にエントリしました。今年も同じように解説します。

  1. 親戚の祭りで浴衣を着た娘です。大人びて見えて嬉しかったり寂しかったり。
  2. 1月にホーチミン、アンコールワットへ行った時に撮りました。とっても良かったです。
  3. 娘と愛犬です。本人は変な顔だからヤダと抵抗したのですが、僕はベストショットだと思うので強引に採用しました。
  4. 朝の洗顔中に背中へ猫が乗ってきました。よく乗られます。
  5. 下の娘です。僕はベストショットじゃないと抵抗したのですが、家族からはこれがベストだと押し切られました。
  6. 5月に拾ってきた直後の猫です。子猫用のミルクを買ってきて、下の世話もして睡眠を削って育てました。今は洗顔中に背中へ乗るほど元気に大きくなりました。嬉しいです。そのことを覚えているのか、僕にだけは敬意を払っているようです。オスだと思って「ギン」と名付けたのですが、後にメスだということが判明しました。
  7. 7月の水害の時に撮りました。後ろは普段は水田なのですが完全に水没しています。新潟県中越地震の時は撮る余裕がなかったッス。
  8. 夏の子供会焼肉の時です。食べている最中に撮りました。
  9. これも親戚の祭りの時です。完全に酩酊してます。

今年もヨロシクお願いします。