2004年06月30日

夜明け前

DSC01257.jpg 1ヶ月前に連れて帰ってきた子猫が、やんちゃざかりです。
こうしてエントリしている時も、僕のすねをあまがみして、爪を立てています。
痛いっちゅーに!(^_^メ)

ついこの間まで、犬組(嫁+長女)と猫組(僕+次女)で別の部屋に分かれて寝ていたのですが、深夜寝ているところをじゃれるため、次女がリタイアし、僕も音を上げて、猫だけ居間で寝させられています。
ふと見ると、今キーボードを打っている僕の手をジッと見つめています。
それだけはヤルなよ。

さて、坂本龍馬のものとされている『日本の夜明けは近いぜよ』という言葉があります。
どうやら伝説のようですが、いかにも龍馬が言いそうな言葉です。

しかしこれは、能天気な発言ではなく、逆境の中でこそ吐かれる言葉だと思います。
「夜明けは近い」ということは今は夜。
黎明の気配すら見えず、このまま暗闇が永遠に続くかと思われる絶望。
その中で背筋を伸ばし、夜明けが来ることを信じ「夜明けは近い」と言い切るその矜持。
勝者が鷹揚であることは容易だが、敗者が矜持を失わないことは困難です。
全球凍結の中で生命がその命脈をつないだように、僕らの信じたことをキチンと保って、機会を待つことにしましょう。

2004年06月29日

反省と再起

昨日は事務所を片付けたスタッフから連絡があり、余った料理を片付けることになりました。
都合のつくメンバーで集まって飲み会です。
しかし負けたというのに、誰ひとり責任のなすり付け合いをしません。
事務所を貸してくれた大家さんからもねぎらいのお話があり、感涙にむせぶ方もいました。
本当に素晴らしいメンバーです。
そうは言っても負けは負けです。僕なりに反省してみます。

■ 危機意識の違い
リコール請求署名された前町長側は、ここで負けたら後がないという立場に追い込まれていました。
そのため、あらゆる手段を使って票固めに励んでいました。
それに比べると、こちらは有利な状況に甘んじていたため、危機感では負けていたと思います。

■ 組織力の違い
対立候補は町長という権力の座にあったため、各地域に蜘蛛の巣のように支援者の組織が張り巡らされていました。
こちらもリコール請求署名の受任者組織はあったのですが、きちんと組織化してはいなかったため、情報伝達や動員において後手後手に回ってしまっていました。

■ 草の根運動の限界
元々住民運動がスタートでしたので、純粋な草の根民主主義のグループでした。
支援している候補者が町長になったところで利害関係がないため、正々堂々と支援しており、それは素晴らしいことなのですが、主義主張に基づいて支援していたため、各々が自分の価値判断でしか動かないのです。
利害関係があるならば、平気で一線を踏み越えるようなこともできるのでしょうが、それはこのメンバーでは出来ないのです。
強力なリーダーシップを発揮して指揮を執るリーダーを確立するだけの余裕がなかったことが痛かったです。

今後は、せっかく芽生えた草の根民主主義を成長させていきたいと思います。
それが支援していただいた方への一番の返礼だと考えます。

ここに来て合併相手の議会で離脱するとの決議がありました。
出雲崎が合併法定協離脱決議
まだ波乱は続きそうです。

2004年06月28日

残念ながら

本当に残念なことに200票差で町長選挙に破れてしまいました。
3か町村合併に反対していた、7割もの意見はどこに行ってしまったんだ。
こんなバカな話はあるか!
怒り醒めやりません。

あーあ。あまりの程度の低さにガッカリです。

2004年06月26日

選挙活動終了

町長選挙活動が今日で終了しました。
明日投票、即日開票で深夜には結論が出ます。
火曜日に告示して土曜日で選挙活動終了。日曜日に投票と駆け足で過ぎた1週間でした。
告示日の火曜日は、休暇を取ったのですが、ずっと仕事を休むわけにはいかず、仕事が終わってから駆け付け、個人演説会司会などをやっていました。
今日、土曜日は1日中街宣車に乗って町中を廻っていました。
全力を出し切りました。明日の結果を待つのみです。

2004年06月20日

やること大杉

朝から事務所に詰めて、丸一日中パソコン作業でした。
帰宅したのは23時を廻っていました。
さすがにオーバーフローしそうな今日この頃です。

6月22日(火)が告示日となりました。
町長選挙程度なら、告示から投票までは6日しかないため、選挙運動は5日間だけです。
初日と最終日だけ都合をつけて、何が何でも休ませてもらうことにします。
さて、来週末には決着が付きます。
あとひと息です。

青年部の研修旅行で一緒になった方に、『WEBページ見ているよ。』と言われました。
あれ?つい最近知り合って、まだurlを教えてないのですが?
検索してみたところヒットして、あまりの近さに驚いたそうです。
It's a small WORLD!

2004年06月18日

喜多方ラーメン

長岡商工会議所青年部の研修で福島にやってきました。
早い昼食に喜多方ラーメンを食べました。
「まこと食堂」というお店に行きました。
あっさり醤油で旨かったです。

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2004年06月13日

WEBページ立ち上げました

住民運動のWEBページを立ち上げました。
「よいたネット・未来」と言います。
ドメインまで取ってしまいました。
http://www.yoita-net-mirai.com/
Xoops(ズープス)というフリーのCMS(Contents Management System)を使わせてもらいました。
今日は、ほぼ1日事務所に詰めていました。1日があっという間です。
集会の司会をやれと言われましたが、いろんな細かいことを考えなければイケナイので断ってしまいました。
僕が不得手な面を伸ばすためには、司会をやった方が良いとは分かっているのですが、適材適所で効率よくこなすためには、文章を練ったりさせた方が良いのです。

2004年06月12日

千曲川のスケッチ

『若菜集』刊行ののち,私塾の教員として信州小諸で6年間を過ごした藤村(1872-1943)は,千曲川にのぞむその地の人々の暮らしや自然を詩情豊かに描いた.この小品集は,そのなかから作者自身が若い人たちのために選び,明治末から大正初期にかけて雑誌『中学世界』に連載したものである。

千曲川のスケッチ 詩人としての名声を確立した島崎藤村が小説家に転向するに当たって、文章の訓練を目的として書き綴ったエッセイです。
「簡素」を旨とした藤村らしく、精緻な文章が書かれています。
文筆を志す者は一読の価値があります。
小説は、最初の一文でその評価が分かると言いますが、唸ってしまう出だしが多いです。
『この山の上で、私はよく光沢(つやけ)の無い茶色な髪の娘に逢う。』
情の深い家に生まれ、14歳で亡くなった父親も外に女がいたし、3番目の兄は母が不義をして産んだとのことです。
藤村自身も、妻に先立たれた後、身の回りの世話をしてもらっていた、兄の娘と関係を持ち、子供を産ませてしまいます。
その後、藤村は、最初の妻との間の子供と関係を持った姪、その赤子のすべてを見捨てて、単身フランスに渡ってしまいます。
とんでもないですな。
小説の題材は、すべて身内の出来事から採っています。当然、姪と関係を持ってしまった顛末も題材にしています。
長姉は、遊び人であった夫に梅毒を移され、そのために発狂してしまうのですが、それすら小説にしています。
絶対に身内にいて欲しくないですね。
閑話休題。
本書はエッセイですので、身近な出来事の素描が多く、素直に読める文章が多いのですが、一つだけ引っ掛かりました。

私は盛んな青麦の香りを嗅ぎながら出掛けて行った。右にも左にも麦畑がある。風が来ると、緑の波のように動揺する。その間には、麦の穂の白く光るのが見える。こういう田舎道を歩いて行きながら、深い谷底の方で起る蛙の声を聞くと、妙に私は圧しつけられるような心持ちになる。可怖ろしい繁殖の声。知らない不思議な生物の世界は、活気づいた感覚を通して、時々私たちの心へ伝わって来る。

生殖行為は、生命の発露であり、喜びを伴うものだと思うのですが、それを『可怖ろしい(おそろしい)』と感じてしまうのです。
藤村が囚われていた情念の深さを見たような気がします。

旧いものを毀そうとするのは無駄な骨折りだ。ほんとうに自分等が新しくなることが出来れば、旧いものは既に毀れている。

旧態依然とした告示前の活動が続いています。
前町長側からの巻き返しもあり、情勢は予断を許しません。
しかし、候補者の名前と写真を変えてしまえば、どちらのパンフレットか分からないような選択ではないのです。
安穏として良いとは思っていませんが、合併問題以外の争点はないと思うのです。
甘いですかね。

2004年06月10日

ある恋の始まり

「電車男」という話があります。
アキバ系のサエナイ男(彼女いない歴=年齢)がふとした切っ掛けで女性と知り合います。
彼女と親しくなりたいのですが、これまで女性にまったく縁がなかったため、何をしたら良いのか分かりません。
彼がアドバイスを求めた先は、「2ちゃんねる」という掲示板でした。
「めし どこかたのむ」
掲示板の参加者は、時には茶化し、時には親身になってアドバイスし、時には冷たく見放します。
彼がだんだんと彼女と親しくなっていく過程を書き込んでいきます。
同じようなアキバ系のモテナイ男たちは、うらやましさのあまり落ち込みます。
『メディック!メーディーーーーーーーックーーーーー!ぐはっ!』
※メディック=衛生兵
しかし、彼が彼女の自宅に呼ばれていって、なんとかうまくいったことを、共に喜びます。
次第に自信がついてきた彼は、ついに決断をします。さて、彼の思いは届くのでしょうか。

その際のの書き込み内容を整理してまとめてくれたサイトがあります。
長かったのですが、おもしろかったです。
読了後、かつて恋をしていた時のトキメキと不安を思い出しました。
良いサイトでした。

2004年06月08日

日帰り出張

今日も日帰り出張でした。
久しぶりに完徹して資料を作って行ったのですが、
先方の都合で打ち合わせは午後からになってしまいました。
なんじゃそりゃ。
帰りは大宮駅から新幹線に乗ったのですが、
夜9時以降になると改札ルミネ口を出たところにある魚屋の寿司が半額になります。
「夏の厳選こだわり寿司」990円が494円でした。
小さな幸せですな。

投稿者 isi's moblog : 21:21 | コメント (3) | トラックバック

2004年06月05日

事務所借りました

事務所を借りることが出来ました。
情勢は有利だと踏んでいるのですが、油断せず、しっかりとやるべきことをやるだけです。
定時で仕事を上がってから、集まって打ち合わせして、チラシを作成し、パンフレットを作成したので、徹夜になってしまったり。
住民グループのWEBページを立ち上げていることもあって、ちょっと更新が滞ってますが、まだまだ元気です。
しかし、あちらで聞いた話と、こちらで聞いた話をつないで仮説を立て、実証するってのは、面白いですな。
公に出来る話じゃないのですが。

2004年06月02日

後半戦1

町長選挙は6月27日に決まりました。早っ!
地元の祭りの最中です。前町長の意向があると思うのですが、なぜそんな時期に?
意図が読めません。
仕事の合間を縫って準備を進めています。
一段と僕の余裕がなくなっているのを感じます。
このまま加速していったら、どうなるのでしょうか。
町長選挙に合わせて、亡くなった町会議員の方の補欠選挙があるのですが、
よりによって、元議員の僕の親父が立候補を予定しています。
この状況は想像だにしませんでした。