猫の恋の季節です。野良猫が切ない声で啼いています。
某所で合併問題の会合がありました。
リコールの準備を淡々と進めたところ、合併協議会がストップしたとのことです。
日曜日に本格的に会合を持ってスタートするつもりなのですが、あれほど頑なに住民投票を回避していた方から妥協案を探る動きがあります。
それはそれで構わないのですが、条件に納得しなければリコールを進めるまでです。
つらい話を聴きました。娘と一番仲の良い友達のお父さんが、現在の合併推進を積極的に進めていたそうです。
友達の家に送っていったこともあり、うちにも遊びに来ていました。一緒にプールへ行ったこともあります。
つらいのですが、考えの違いはしょうがないです。
カエサルは政治上の意見が違っても、キケロとは文学仲間だったそうです。
相手を尊重し、意見の相違はお互いに認め合って、付き合っていければいいなぁと思いますが、そう考えてもらえるかどうかは分かりません。親の考えと子供の交友関係を切り離してくれれば良いのですが。
お互いの意見を摺り合わせた後、近くの焼き肉屋に移動して呑みました。関わりが薄かった方、年代も離れた方とこうして酒を呑むのも楽しいです。
明日は新入社員が出社してきます。どんな方が来るのか、楽しみです。
合併後の新町名が決定しました。「良寛町」です。'`,、 ( ´∀`) '`,、
「良寛町」誕生…ゆかり新潟3町合併、投票でえっとですね。明かなミスリードがあります。まず地元は納得していません。
江戸時代後期の歌人として知られる良寛(1758-1831年)にゆかりが深い新潟県三島郡与板町、出雲崎町、和島村の3町村は26日開いた法定合併協議会で、合併後の新町名を「良寛(りょうかん)町」に決定した。出雲崎町は良寛の出生地で、3町村内には良寛に関する歌碑や史跡が数多くある。
快晴に恵まれた中、子供会の空き缶拾いをおこないました。
近所の幹線道路をぐるっと廻って、道路の周りに捨てられている空き缶とペットボトルを拾います。
ちょうど野焼きの時期にあたっているため、風向きによっては煙に包まれてしまいます。
マナーが向上しているのか、年々ゴミが減っているような気がするのですが、それでも軽トラックの荷台いっぱいになりました。
コーヒーを飲んだ後、空き缶を投げ捨てる神経も分からないのですが、ビール、発泡酒、ウィスキー水割りの空き缶が捨ててあるのは理解を超えています。きっと酒を呑みながら運転しているのでしょう。本当にどうしようもないな。
終わった後は、地域の公民館で慰労会をしました。体を動かした後に、昼間から呑む酒は美味しいです。
公民館へ向かう途中で、近所の子供に会いました。親が離婚して母親に引き取られ、たまに近所にあるお母さんの実家に預けられるようです。
ジュースとお菓子があるから子供たちと一緒に遊ばないかと誘ったのですが、断られてしまいました。子供から誘っても、頑なに断ります。よその家に勝手に上がってはいけないと言われているそうです。おうちの人に言ってくれば大丈夫だよとアドバイスしても『うち、だれもいない』とつぶやきます。なんだかやりきれなくなってしまいました。
これに懲りずに、今度は子供会行事に参加できるように事前に調整しておこうかと企んでいます。
合併にあたって住民合意を形成しようとしない町長の解職請求(リコール)を進めることになりました。
午前中に会合をもって情勢を分析し、新聞に折り込むチラシをその場で作成しました。3月29日(月)に町内全戸へ配布されます。
午後は合併協議会の資料を整理してインターネット上の共有スペースにアップロードし、長岡商工会議所青年部の打合せ資料を作成しました。
来年度は広報委員会の副委員長に内定しています。委員長ともう一人の副委員長とホテルのロビーで方針と委員会としての活動内容を摺り合わせました。
夕方からはニューオータニ長岡で、大学の先輩である塚田一郎さんの後援会があり、スタッフとして参加しました。
メインゲストは塚田さんが以前秘書をされていた総務大臣の麻生太郎さんです。白い桜バッチを付けたSPがあちこちにいます。
いろんな方があちこちに声を掛けた甲斐あって、立ち見も出るほどの満員でした。
長岡は田中真紀子さんの地元ですので、人が集まるかなと危惧していたのですが、多数の方にご参加いただいて良かったです。
横田めぐみさんのご両親もいらしていました。塚田さんは中学生の時はめぐみさんの1つ先輩で面識があるそうです。拉致の被害にあった家族の方が、日本社会の理解を得られず、心ない扱いを受けていたころから、塚田さんはずっと支援していたそうです。拉致問題解決のためにも、真剣に取り組んでくれている塚田さんを支援していただきたいとお話がありました。
講演の後、懇親会で横田さんご夫妻にご挨拶しました。やはり大学の先輩である蓮池薫さんの縁で、こうした会合の際にはブルーリボンを付けるようにしています。今日も付けていって良かったです。
麻生太郎さんによる講演の骨子を上げます。
最近までの中央集権制度は「アタッテ」いた。明治維新から30年で大国ロシアに勝利を収め、大東亜戦争で負けた後も経済復興に全力を注いだため、世界2位のGDPを達成することができた。
失われた10年と言われるが、それでもGDPは500兆円もあり、世界2位の地位は揺るいでいない。
中国も発展してきているが、経済が豊かになると日本製品を買い求めるようになる。現在は日本の最大の輸出国はアメリカであるが、3年後には中国になる。
日本は経済力に誇りを持って良い。情報社会への対応遅れはあったが、モバイルコンピューティングなどでは、世界の先頭を走っている。RFIDタグなどにより情報化は一段と進み、日本の経済発展の可能性は開けている。
小さい調整は行政の仕事であり、長期的な観点に立ち決断をおこなって実行するのが政治の仕事である。
自民党は保守合同以降、党名を変更していない。変わっていないのは共産党と自民党だけである。
永田町の川柳で「今オレは何党なのかと秘書に訊き」というものがある。
自民党は見識と力を持ち、意欲のある政治家を求めている。
ただ政治家は聖人君主ではないのだから100点満点を求められても困る。誰かさんに比べればまだマシ、及第点は取れると評価していただきたい。
地元の皆さんの力をもって、塚田一郎君を応援してもらいたい。
システムエンジニアをやっていますので、情報技術は人より詳しいつもりです。講演の中で情報技術について触れられていました。大きく間違ってはいないのですが、そこは専門家ではないため、ややフォーカスが甘いように感じました。
政治の領域からも情報技術は注目されているようです。情報技術に関心を持っている方へポイントを押さえてキチンと説明することは、技術者の責務ですね。
塚田さんの新婚の奥さんは長岡出身で、地元テレビ局のアナウンサーでした。可愛らしく親しみの持てる美人です。後援会には奥さんのご両親も参加されていました。お父さんもタバコのみですので、スタッフの慰労会で話し込んでしまいました。僕と同じく娘二人の親ですので、同じ境遇の先輩として話をうかがいました。
2次会にスナックへ繰り出し、懇意にしてもらっている大学の先輩と3時まで飲んでしまいました。充実し過ぎの一日でした。
夕食に吉野家へ行きました。牛丼がメニューから消えて豚丼になっていました。
興味本位で豚丼を注文しました。意外とうまかったです。
薄切り肉が牛丼を彷彿させます。削ぎ落としたゴボウと一緒にショウガ醤油で煮込んでいます。
他にも豚キムチ丼、麻婆豆腐丼、カレー丼などがありました。
ナカナカ良くできているのですが、でもやっぱり牛丼と豚丼だったら牛丼の方がうまいですね。
牛丼が復活する日が待ち遠しいです。
学生の頃からの友人と飲みに出ました。苦しんでいること、悩んでいること、抱え込んでいることについて相談したかったのですが、飲み始めたらどうでも良くなりました。
新橋駅前の本格四川料理のお店でとてつもなく辛い料理を食べました。鍋はシャブシャブなのですが、右の真っ赤なスープはたまらなく辛かったです。
今年は一段と忙しいことになりそうです。よ~く考えて方針を決め、状況に応じて軌道修正しながらやっていこうと考えています。
出張で東京へ来ています。今日から1週間、金曜日まで出張です。
そろそろ桜の季節かなと思っていたのですが、真冬並みの寒さです。冷たい雨に降られる桜が艶っぽいです。
出張中に上司からメールがあり、来期の社内体制について連絡を受けました。
これまでプロジェクトチームでメンバーを配下に持つことはあったのですが、来期からは常時部下を持つことになりました。
流動性の高いプロジェクト組織なら、メンバーの好き嫌いを出せたのですが、会社組織となるとそうは行きません。
お気楽なプロジェクトリーダーから、一年間を通じて組下を持つのです。安易に友達のように振る舞うことのないよう、かといってパターナリズムに走ることのないよう、自戒しないといけません。
まずは飲み過ぎて朝遅刻しない、整理整頓を心掛けることから始めましょう。(我ながら小学生みたいですな)
某所で合併問題に一緒に取り組んでいる仲間との飲み会がありました。
たまには飲まないとやってられません。
料理と酒を持ち寄って、キーボードの生演奏で歌いました。芸能人が最後まで歌いきったら100万円という番組がありますが、歌詞カードなしで歌うのはものすごくきついッス。
楽しく騒いだ後は、今後の進め方について腹を割って話し合いました。やはり行くところまで行くしかないということで一致しました。そうですよね。覚悟決めないといけないです。
Clieがないと何も覚えていません。打合せの時、電話の時、タバコを吸う時、常に持ち歩いています。
いつもベルトに付けているのですが、そのケースのベルトループが壊れてしまいました。1年以上酷使していますので仕方ないですね。
さっそく今回壊れた物と同じタイプのものを購入しました。電子小物を一日一個以上紹介しているpocketgamesさんというサイトで「Nutshell 208(ポケット付き)」をオーダーしました。水曜の夜に頼んだのですが、金曜日に到着しました。早いです。
さっそく使ってみます。前回購入した時以降にDDI PocketのPHSカードを購入して常時装着していますので、一回り大きいやつにしました。バッチリです。ちょっとデザインが変わって、CFカードを入れておくのにちょうど良さそうなポケットが付きました。
あまり高価なモノを入れておくと落とす懸念があるので、何を入れようか思案中です。
買うまいと思っていたCCCDを購入してしまいました。
どうやらMP3にする方法があるようです。CDexというフリーソフトを使用します。
使い方は、http://www1.plala.or.jp/tsoma/mp3.htmlで詳しく説明してくれています。
CDDBに接続して曲情報を取得できなかったので、タグ情報(アーチスト、アルバム名、曲名など)を入力しなければいけなかったのですが、問題なくMP3に変換でき、Clieでも再生可能でした。ウレシイです。
こんな便利なツールを公開している方がいて、ツールの使い方や日本語化ファイルをWEBページに書いてくれている方がいます。ありがとうございます。
注:CDドライブによってはCDexを使用してもMP3にできない場合があるとのことです。
某所で後援会の会合がありました。
会長を引き受けて下さった方の挨拶で3つの方針で行こうと話されました。
・傲慢にならずに進めよう。
・ネガティブはやめよう。
・仲良く楽しくやろう。
すばらしいです。
会合が終わってから飲みに行きました。
政治家をこころざす方は本当に割に合わない大変なことをされているんだなと思います。
あれほど有能で、人物識見が優れているのですから、本来でしたらお願いして代表になっていただくべき方が頭を下げて「お願い」されています。
何か根本的に間違っているような気がしてなりません。
6:30起床。めずらしい。久しぶりに子供と朝食を食べ、犬の散歩に行きました。
仰臥漫録
近代俳句を確立した正岡子規の病床記です。
長年肺結核を病んでいて、晩年になって寝たきりになってしまい、病床で書いた日記です。
1902年(明治35年)に36歳で亡くなっています。
寝たきりの病床は気の毒ですが、見舞客が多く、経済的にも不足していないため、悲惨さはないです。
なにより子規は明るい性格だったらしく、前半は内容におかしみがあり気軽に読めます。
つくつくぼーし明日なきように鳴きにけり
谷川の岩に激するやうな涼しい処の岸に小亭があつてそこで浴衣一枚になつて一杯やりたいと思ふた
黙然と糸瓜のさがる庭の秋
筆も墨も溲瓶も内に秋の蚊帳
しかし後半、病がだんだんと重くなってくると、痛みの描写が多くなり、読んでいるのがつらくなります。
途中まで、健常人でもこんなには食べないだろうという量を食べているのですが、だんだんと食が細くなっています。
昨日も今日も夕飯食わぬ内にはや眠たき気味あり
この模様にてはやがて昼も夜もうつらうつらとして日記書くのもいやになるやうな時来らんかと思ふ
このこと気にかかりながら午飯を食ひしに飯もいつもの如くうまからず 食いながら時々涙ぐむ
五日は衰弱を覚えしが午後ふと精神激昂夜に入りて俄に激しく乱叫乱罵するほどに頭いよいよ苦しく狂せんとして狂する能はず独りもがきて益苦む
スゴイのは、死への恐怖を綴った箇所が見あたらないことです。
一番凄絶なのは、痛みに苦しんでいる時、たまたま看病してくれている母と妹が居なくなった際に、枕元の小刀と千枚通しを凝視して自殺の衝動に駆られているところです。それまで病床でも明るい表現が多かったのに、子規の闇をかいま見ることができました。
死期を悟った子規が母と妹に料理を振る舞う箇所が良かったです。
明日は余の誕生日にあたるを今日に繰り上げ昼飯に岡野の料理二人前を取り寄せ家内三人にて食ふ。これは例の財布の中より出でたる者にていささか平生看護の労に酬いんとするなり。けだしまた余の誕生日の祝いをさめなるべし。
そうして諦念の境地にでも至ったのか、葬式や墓石について書き綴っている箇所が同情を誘います。