2006年05月10日

方丈記

方丈記―付現代語訳 今月の読書会の課題本は「方丈記」。

『ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。』

書は出だしと結語がすべてだという評価からすれば、凄まじい名作です。
受験対策として著名な箇所は読んだことはありましたが、不惑を越えて、通して読むと、こんなに素晴らしい書だったのかと感嘆します。

出だしから無常観の基調があり、平清盛による福原遷都のくだりや地震、竜巻、旱害の有様が痛々しいほどのリアリティで記述され、平安末期の閉塞感を良く伝えています。

先月の「共産党宣言」の後に「方丈記」。

現実社会の酷さを思い知った後に、共産党宣言のような檄文を書いて世に問うのか、ひっそりと隠棲して心の平穏を願うのか、あまりに真逆の反応に考え込んでます。
いずれにしろ、社会の矛盾を目の当たりにして、深く感じ入る気持ちがないと、どちらの文も書くことができないのだと思います。

「だってしょうがないだろ」程度の反応しかできない自らを省みると、マルクスの激しい怒りや鴨長明の繊細な感受性の素晴らしさが身に沁みます。

投稿者 isi : 2006年05月10日 01:12
コメント

鴨長明は神社の跡継ぎになれず、所謂「負け組」だったんですね。宮刑に処せられた司馬遷が奮起して史記を書いたようなものかな。
話は横道ですが、NHKの「プロフェッショナル」という番組で、日産のテストドライバーが取り上げられました。
その人の信念は、極限でこそ余裕を持て、だそうです。
「共産党宣言」も「方丈記」も作者が極限まで追い込まれて、極限を超えたときに生み出されたものなのかも。

http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/060511/index.html

Posted by: 阿佐ヶ谷 : 2006年05月12日 00:42

う~む。確かに禰宜にはなれず、新古今和歌集の寄人からは何故か身を引いてしまったのですが、
禰宜になった人は知らず、ライバルであり新古今和歌集、百人一首に名を残す藤原定家以上の文名を後世に残したのは、
負け組と呼んでイイのかなと思います。

方丈記はわずか一万文字程度の短い文章ですが、シビれる名文がいっぱいあります。

庵の北に少地をしめ、あばらなるひめ垣をかこひて園とす。すなはちもろもろの藥草をうゑたり。かりの庵のありさまかくのごとし。その所のさまをいはゞ、南にかけひあり、岩をたゝみて水をためたり。林軒近ければ、つま木を拾ふにともしからず。名を外山といふ。まさきのかづらあとをうづめり。谷しげゝれど、にしは晴れたり。觀念のたよりなきにしもあらず。春は藤なみを見る、紫雲のごとくして西のかたに匂ふ。夏は郭公をきく、かたらふごとに死出の山路をちぎる。秋は日ぐらしの聲耳に充てり。うつせみの世をかなしむかと聞ゆ。冬は雪をあはれむ。つもりきゆるさま、罪障にたとへつべし。

....少なくとも僕には同じ齢を重ねた時に、こんな文を書ける自信は毛ほどもありません。

青空文庫で全文を読むことが出来ます。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000196/card975.html

Posted by: isi : 2006年05月13日 22:48
コメントする









名前、アドレスを登録しますか?