今日は地元の子供会で空き缶拾いをしてきました。
もう子供は少なくなってきているので、今年から地元の老人会と合同でやることになってしまいました。
6年間ゴミ拾いを続けると、いろんな変化があります。
ゴミの量は減ってきているのですが、だんだんとタチが悪くなっているような気がします。
信じられないのは、アルコール飲料を道路に捨てていっている人がいることです。
それほどプレッシャーが掛かっているのかと思います。
以前からの傾向であるのですが、家庭ゴミを捨てていっているケースが目立ってきました。
ゴミ分別が行き過ぎすと、こうなってしまうのかなぁ。
ごみ拾いお疲れ様です。私も近所のごみ拾いやったりしていますが、大きな道路沿いではないので道路のポイ捨てごみはそれほど目立ちません。ですが、大きな国道で渋滞の際、中央分離帯や測道で目にするポイ捨てごみには目に余るものがありますね。最近ちょっと問題になっている、高速道路サービスエリアへの家庭ごみ&粗大ごみ持ち込みなんかはこれと同列のマナー違反でしょうか。
実体験でしか語れませんが、分別するしないや場所を弁えた廃棄は、やれる人はやれて、やれない人はやれないままのように思います。最近はやれない人の数が増えた結果、悪質な投棄方法のごみが増えている。比較的都市部で、通り過ぎる人がいるだけだろうと自分を安心させていましたが、郊外でもポイ捨てがあるとはなあ...。おまけに家庭ごみですから、自分の住んでいるところも愛せないのかよと暗い気持ちで突っ込みたくなります。
先日、家の近所でびっくりする現場を目撃したのでコメントします。
私が買い物を済ませ、家へ帰ろうとしていたら、バス停前の少し陰になってるところから『カンカラカ〜ン』と空き缶が道路へ飛んでいきました。私の1メートルくらい前のところです。『はぁ???なに?信じられない!!!どこのくそガキだぁ?』っておもったら。。。50代後半の女性なんですよ。私は目の前の現実が、わずかな距離を歩くうちに理解できず、ただ、大きな声で『えーっウッソでしょ〜』と回りに聞こえるくらいに叫ぶのが
精一杯でした。
一瞬拾いにいって、缶を返してあげようかなって思ったけど、そこは外苑東堀通り。更に知らない人の飲んだ缶を触る気にはなれませんでした。
自分は奇麗な格好をしていて、手は汚したくない。ゴミなんて持っていたくないのかもしれないけど、心が汚れてちゃ何にもなら無いと思うんだけど。
Posted by: sissy : 2006年03月27日 15:23家庭ゴミの撒き散らしも酷いけど、歩きタバコと投げ捨てする人は老若男女いますね。あと最近多いのは古新聞などの資源ゴミを業者が勝手に持ち去ることも増えてます。区が税金を使って回収しているのに、指定外の廃品回収業者が持ち去る。本来ならちり紙などと交換するけど、無断持ち去りはコストゼロ。中国は紙不足なので古紙の価格が高く、丸儲け。まあ窃盗と同じ。
「ウエブ進化論」読みました。技術の話というよりも、世代交代論、人生論、作者の決意表明みたいな本ですね。なかなか興味深い。
印象に残ったのは、「グーグルではアイディアだけでは評価されない。動く形にしてはじめて評価される。口先だけの人ではだめだな」と、羽生名人の「高速道路はできたけどその先は大渋滞」。
前者は耳が痛く、後者は全くその通りだと思います。
ビル・ゲイツが1955年生まれ、作者が1960年生まれ、グーグル創業者の二人1973年、羽生名人1975年。不肖私は彼らのちょうど真ん中の1965年、ネットの「こちら側」の最も保守的なところの住人ですが、精一杯知的好奇心は保ち続けたいと思います。
う~ん。結局は、個人のマナーに頼るしかないのでしょうね。
でも『ゴミ拾いボランティアをやったことのある子供はポイ捨てしなくなる』との言葉に励まされて、来年もやろうかと思ってます。
『ポイ捨て』というカジュアルな響きを持つ言葉が良くないのかと思います。
言葉ってのは力があるものだから、「迷惑個人投棄」とか言い換えれば、捨てる人も減るかも知れません。
「WEB進化論」良かったですよね。
グーグルのビジネスモデルの危うさは周知のことですが、そういう判断をしてしまうこと自体、嗅覚が落ちて反射神経が鈍っている証拠かもです。