2006年03月04日

シムソンズ

シムソンズ フォトブック カーリング女子競技があまりにも良かったので、勢い余って映画シムソンズを見てしまいました。

後味が良い青春スポーツ映画で、忙しくて荒みかけた状態が癒されました。

しかし笑顔が素敵な主演の加藤ローサさんよりも、コーチ役の大泉洋の方に感情移入してしまうのは、中年男子としてはいたしかたない。
栄光を失って零落しても、明るさと優しさを失わないってのは本当に強いヤツなんだよなぁ。

どうやら実在のシムソンズと映画のシムソンズの対応は、次のようらしい。

 小野寺歩 → 小野菜摘(高橋真唯)
 林弓枝  → 林田史江(星井七瀬)
 関和章子 → 伊藤和子(加藤ローサ)←主役ココ(*^ー゚)b
 堀美香  → 尾中美希(藤井美菜)

onodera03041.jpg うーむ。そうだったのか。てっきり、小野寺歩さん⇒加藤ローサさんだと思い込んでいた。
映画のシムソンズでの役回りが実在のシムソンズとは限らないのだが、どちらかというと脇役の役回りの2人がソルトレイク五輪後もカーリング競技を続けたというところが、また感慨深い。

トリノ五輪に出場したのは「チーム青森」という青森に本拠があるチームなのだが、小野寺さん、林さんはもとより、選手全員が北海道出身らしい

それだけ北海道のカーリング競技層が厚いということなのだろうが、北海道にカーリング競技を支援する枠組みがないのではないかとも取れる。

【女性アスリートの素顔と私生活】小野寺歩(カーリング)
前回ソルトレークシティー五輪は2勝7敗の8位で予選敗退。「緊張で何もできなかった」(本人)と屈辱だけが残った。しかも、地元の北海道常呂町に戻ったところ、「基幹産業は畜産とホタテ漁」(町役場)という過疎の町に若い女性の就職口はなかった。チームは解散し、「嫁にでも行こうか」と引退も考えたという。
 そんな時、青森市が市民の生涯学習の一環として専用カーリング場を造るという話を聞き、ソルトレークシティー五輪からの同僚の林弓枝(27)と2人で施設運営公社に就職した。

マイナースポーツだったとは言え、オリンピックに出場した選手への処遇としては、あんまりでは?

「身分が嘱託のため、給料は一般のOLさん以下。スポーツ専門員という肩書でコーチをしたり、スポーツ会館の受け付け業務をこなしています。海外遠征費などの捻出に資金がかかるため、爪に火をともすような生活をしているはず。お付き合いしている男性の噂も聞きません。普通の年頃の女性のようにワイワイ飲み屋で騒ぐような機会は少ないようですね」(青森市文化スポーツ振興公社の上司)
 青森市内のアパートにひとり暮らし。そんな彼女の苦労を見かねた青森県、市、地元商工会が先頭に立って、街頭募金で1000万円の遠征費用を集めてくれた。その資金をもとにチームのメンバー5人は9月から3カ月以上もカナダ・バンクーバーで合宿を張ることができた。

onodera03042.jpg (´;ω;`)

がんばった彼女もすごいけど、募金を集めた青森も偉い。
どうやら2月末まで後援会で募金を受け付けていたらしいので、ギリギリ2月28日に郵便局で募金してきました。

出張帰りの新幹線に乗るときにKioskへ寄ったら、トリノ五輪を特集していたNumberを売っていたので、これまた購入しました。
荒川静香の栄光と、期待されていた他選手の蹉跌とのコントラストが印象深かったです。

目的は小野寺歩さんのインタビューなのですが。

ソルトレイクが終わって4年間、五輪のことを考えない日は1日もありませんでした。この4年間を1週間のために費やしてきた。
メダルを取れなかったことは悔しい気持ちもあります。一方で充実した4年間だったとも思います。今はゆっくりしたい。そしてこれからどうするか考えたいです。

残念ながらメダルは取れなかったけど、カーリング女子チームのことは日本中で応援していましたよ。
お疲れさまでした。

投稿者 isi : 2006年03月04日 04:59 | トラックバック
コメント

阿久悠がトリノオリンピックについて次のように書いていました。

オリンピック中継を見ていたら、敗者でありながら、「満足しています」「よくやったと思います」と胸を張っているかに思える若者が多くて驚いた。
アトランタのときだと思うが、やたらに「オリンピックを楽しむ」という言葉が流行り、多くの選手がそう言った。そしてご存知のように惨敗した。
誤解は「楽しむ」である。日本の若者たちは、日の丸も忘れ、記録も気にせず、自分のその時間を楽しめばいいと解釈した。気楽に伸び伸びとやれやれである。誰のためでもない、自分が楽しいかどうかだと。
同じ意味の言葉を世界記録保持者のアメリカのスプリンターは、「もの凄い記録を出すと神が降りてくる。それが楽しむということだ。」と言い、僕らは蒼ざめた。オリンピックを見ると、その時代の日本人がわかるのだ。

人類の中の超人たちが競うオリンピック。やはりその頂点に立とうとする人は心構えからして違うんですね。もっともオリンピックに限らず「極める人」はみな同じでしょうが。


Posted by: 阿佐ヶ谷 : 2006年03月04日 15:01

凡夫は凡夫の境遇に満足しながらも、英雄に憧憬を持つものなのだ。
一瞬で勝負を分ける競技者は、結果を出すかどうかで明暗を分けるということは、十分分かっていると思うよ。

マラソン競技でも日本語では「がんばれ!」と声を掛けるが、英語では「Have Fun!」とか「Do your best!」となるらしい。

それを「楽しむ」と解釈するのは短絡だと思うが、過度にプレッシャーを掛けることで、円谷幸吉さんのような悲劇は見たくないな。
http://www004.upp.so-net.ne.jp/kuhiwo/dazai/tsumuraya.html

そうは言っても、観客からすれば、出場したからには上位を狙うところが見たいものだ。
Numberの男子フィギュア、高橋大輔の記事より。

ショートプログラムで2位だったアメリカのジョニー・ウィアーは「この五輪ではプルシェンコが勝つだろう。自分は銀メダルを狙う」と公言...
だがフリーでは演技が崩れ、総合で5位に終わった。ウィアーの主張はもっともだったし、実際、プルシェンコが優勝した。
だが2位を狙えば結果は5位。トップアスリートの五輪の闘いは、まさにそういうものだ。ほんのわずかでも腰が引けたとたんに、勝利の女神はすばやくどこかへ行ってしまう。

五輪出場で満足するか、金メダルを狙うかという選手の姿勢の違いは、見ているだけの素人にも分かってしまうものだね。

Posted by: isi : 2006年03月05日 01:24
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