今日は上の娘の卒業式でした。午前だけ仕事を休んで、出席しました。
大学卒業以来でしたが、卒業式ってのはイイものですね。
これまで過ごした学舎を離れて、新たなところへ進んでいくのです。
愛着があり寂しくはありますが、そうして大人になっていきます。
地元の小学校では、卒業生は中学校の制服を着て、卒業式に出席します。
制服姿の子供を見て成長を実感し、嬉しい反面、寂しく感じました。
おめでとうございます\(~o~)/
社会人になると、もう一生卒業式がないから、よけいしみじみ感じますねぇ。
卒業式が終わって、先生と在校生が見送る中を、校舎から正門まで卒業生と父兄が一緒に歩いたのですが、感極まってしまいました。
社会人とすれば、転職、退職が卒業でしょうか。
もう中学生とは早いですね。
自分の小学校から大学までの入学式卒業式はあまり覚えていないけど、中学校の入学式の後で大量の教科書を持って帰ったことだけ覚えています。
社会人の卒業式は葬式かな。
Posted by: 阿佐ヶ谷カルテット : 2005年03月26日 13:50人の子供は早いものだと言いますけど、自分の子供も早いッス。
阿佐ヶ谷カルテットもあっという間だと思われ。
今のうちに、子育てを楽しんでね。
> 社会人の卒業式は葬式かな。
それは寂しいなぁ。
友人の葬式で集まって飲みに行くのでしょうか。
仕事でも子育てでも、これは極めた・卒業だ、と思えるようなことはなかったからな~。
学生のように一定の成績や時間が経過すればそれが卒業、ということとは違う印象。
まあ、格好よく言えば、死ぬまで勉強、ということかもしれないが、これが社会人の卒業式=葬式の意味です。
「銃、病原菌、鉄」を読みました。
着眼点の斬新さという点では、井沢元彦の「逆説の日本史」と同じようなインパクトがありました。
この本が示唆する教訓を子供向けにごく単純化すると、「生まれてきた環境とご先祖様の努力に感謝するとともに、それに甘えることなく他者との競争に負けないようにしなさい。」ということでしょうか。
個人的には、これに「敗者に対してあまり酷いことをするのは、人道上よくない。」というのを付け加えるかな。
うむ、では阿佐ヶ谷カルテットの卒業式は盛大に祝おう。(^o^)丿
「逆説の日本史」は読んだことないなぁ。オンライン書店で見たらいっぱい出ているのね。(^◇^;)
どの時代がオススメ?
香典ははずんでください!
逆説の日本史は、塩野七生のローマ人の物語と同じく通史なので、できれば第1巻から順に読んでいくのがいいと思います。最近は文庫本化されているし。
井沢元彦の基本的な日本史観は、言霊的考えが聖徳太子の時代から続いている(例えば、戦争・災害などの起こって欲しくないことは、考えること議論すること自体否定されるため、リスクに備えることができない)、戦後、歴史上の宗教の果たした役割が無視されたため、歴史の実態がわかりにくくなっている、などです。
学校で習う歴史は、事実の羅列で学生が興味を失うのも無理はありませんが、逆説の日本史やローマ人の物語を並行して読めば興味もわくと思います。子供がもう少し大きくなったら、読ませたいです。
あーなるほど。
リスクマネジメントを考えること自体が悪いとの風潮もありましたが、最近はそんなことしていたら、組織自体が滅んでしまいますので、以前と比べると議論しやすくなっていると思いますね。
どー考えても無理目のシステム案件でも、前は精神論や人海戦術で乗り切ろうとする傾向がありましたが、
最近はコストを勘案してリスクマネジメントするようになっています。
「逆説の日本史」買ってみます。
「ローマ人の物語」に挫折してはや数年が経ちましたが、今どこまで行っているんでしょうか?
「逆説の日本史」にチャレンジして、それを呼び水に「ローマ人・・・」に復帰したいもんです。
ローマ法王ヨハネ・パウロⅡ世逝去。
稀代の人物だったと思う。
二名の日本人を含む百十余名の枢機卿が、コンクラーベと呼ばれる密室選挙で次期法王を決めるという。
さて、偉大なポーランド人の後任には誰が・・・
今はコンスタンティヌス大帝です。
次の巻では「背教者」ユリアヌスが登場するかと思うと、今から楽しみで堪りません。
コンクラーベという言葉を覚えたのは、やはり塩野七生さんの「チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷
」でした。
教皇ともなると政治的な立場も要請されるので、揺り戻しもあるのではないかと懸念します。
しかし、なぜヨハネ・パウロⅡ世の逝去がこれほど惜しまれるのかをコンクラーベに参加する枢機卿には意識してもらいたいですね。