過労死防止で法改正へ
罰則がなければ、現場では実効性はないだろうな。
単にデュアリズム(労働の二重構造)を進めるだけだったりする。
みんな働き過ぎ。何のために働いているのか、よ~く考えよう。
『裁量労働という言葉は、まやかし!』
労働の達成基準の評価を『時間』に対しておこなうのではなく『成果』に対しておこなう時代になった・・というのが経営側の理屈。
今までの制度では、同じ成果をあげるのに
仕事のできない人ほど労働時間が長くなり
賃金が増えるのは不公平だといった理屈も出される。しかし、これらの理屈には、事実の誤認と論理のすり替えがある。
実際には、今までも『成果』で業務評価されて
きたはずである。裁量労働制導入の目的は
『成果』をあげるために『時間』を際限なく使う労働を求めているにすぎない。
裁量労働というとあたかも労働者自身の裁量で仕事ができるような錯覚に陥るが
仕事量、ノルマ、期限、人員体制、経費を
決めるのは、経営者であって労働者ではない。労働の根幹となる要素を経営者に
決められて、その達成のために『裁量』で働けということは、際限ない長時間労働に追いやり、且つ残業代を払わないことを合法化するシステムで、経営者側にとっては一石二鳥のもの・・・いや・・・『働けるだけマシだと思え、そして、敬え!』という『デ・ストレスの強いメッセージ』も闇に込められているから、一石三鳥か?
泣くより、怒らねばならぬ・・・・
年功序列+終身雇用=非成果主義との錯覚があるが、昔から”窓際族”という言葉があるように、どの企業も成果主義を採用しているよね。小堀の書いてある通り。
この辺りの経緯は、「日本経済新聞は信用できるか」(東谷暁、PHP研究所)が面白かった。
一方で、ITのおかげでインドや南アフリカの技術者が先進国の1/10以下の費用で受注を増やしているのも事実。新生銀行はその手でコストをかなり削減できたと自慢していた。
不当なことに対する怒りも必要であり、同時に「だったら辞めて別の生き方ができる力」も備えておくことが、無駄死にしないための防衛策のような気がする。
結局は個人の問題に帰着してしまうんだけど。
会社を離れてしまうと自らの存在を確立できないという状態は非常に危ういことだと思う。
会社組織に依存せず、執着せず、自立して生きる途を探さないといけない。
冷たい言い方になってしまうけど、会社を必要としていない者こそ会社にとって本当に必要な者なんだよね。