2004年11月04日

震災の陰で

2日前の夜から左胸に指すような痛みがあり、ちょっと体をひねると激痛が走ります。
めったに医者には掛からないのですが、今日久しぶりに行ってきました。

待合室で待たされるのがイヤなので、総合病院でなく、近所の医院へ行きます。
駐車場に車を停めていたら、ものすごい揺れがあります。どこかに乗り上げたかなと思っていたら、電柱も揺れていました。
震度5弱の余震でした。いい加減に収束して欲しいなぁ。

待合室は近所のお年寄りで満員でした。


2時間待たされたのですが、総合病院に行ったらもっと待たされていたでしょう。

痛みが長引くことから心臓疾患はまずないだろうと言われ、ひと安心です。
念のため心電図も取ったのですが、異常はありませんでした。

原因はよく分からないとのことです。
打ち身かなぁ。寝ていて筋を違えたのかなぁ。

しばらく様子を見ることにします。

昨日、妻の友人が急逝しました。
急性心不全です。

近くの総合病院へ搬送しようとしたところ、震災のためいっぱいで受け容れることができないので、離れたところにある病院へ向かう途中で亡くなりました。

まだ30代の若さでした。

離婚して、中学2年の娘と2人で暮らしていました。旦那だった人は再婚して子供もいます。


話を聞き、しばし呆然。

故人のご冥福と娘さんの幸せを祈ります。

投稿者 isi : 2004年11月04日 23:35 | トラックバック
コメント

今、河合隼雄先生の
『日本人』という病
という本を読んでいます。
その中で『震災後の復興体験』という章が
あり以下のような記述がありした。

自分の責任でないのに不幸を背負っている
人がいる。一方ではのうのうと生きている人がいる。だんだん自分の感情が戻ってくるにつれ、怒りがでてきます。これは当然です。
(中略)
ものすごく腹が立つ。しかし、ものすごく腹が
たつけど、怒りをぶつける相手がいないというのは、余計に厄介です。
地球に向かって怒ってみても、仕方ないことなのです。やはり人間の感情というものは
人間対人間で怒ったほうが収まりやすいのです。地球をぶん殴ってすっきりしたということはありえない。それよりも、救援に来た人に
『もっと早くやれ!』とか『救援物資の置き方が悪い!』とか、人間に怒らないと納まらないのです。
ここがものすごく大事なところなのですが、
地震後、家族の間で喧嘩をしなくてもいいのに、喧嘩が増えたという家と、よく喧嘩をしていたけれども地震で仲良くなったという家があります。これは、人間の感情の非常に微妙な
ところでして、何で自分はこんな損をしなければならないのかと思ったときに、一番受け入れてくれやすいのは肉親なのです。
(中略)
このときに、たとえば喧嘩ができるだけまだいいというか、もし肉親が亡くなっていたら、
喧嘩すらできないのだから、夫婦で喧嘩ができるだけでも良かったという気持ちが少しでも
あれば、喧嘩をしながらでもそれは収まって
きます。

Posted by: 小堀 : 2004年11月09日 05:34

人ってヤツは、イヤなヤツへあたるのではなく、
自分に優しい人を傷付けてしまいます。
その人の大切さに気付くのは、その人がいなくなってからです。
その時になってから、どれほど後悔してもしきれないものです。
そんな経験を積み重ねることで、やっと優しくなれます。
本当にどうしようもないです。

Posted by: isi : 2004年11月10日 02:19
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